新現代を斬る・斜陽篇

政治と宗教のFC2版「余震と雑感」専門の雑文ブログです

一律指導の落し穴

桜宮高校や女子柔道での指導の際における体罰の是非が論議を巻き起こしているようですが、個人的には体罰容認でも体罰禁止でも「一律指導システム」という概念の方に危惧を覚えます。そんなに文武双方に教育方法が理論・実践・技術とともに確立しているとは思えないからです。スパルタ指導でスイッチが入る人もいれば、声を荒げず手も挙げずで精神が安定し、ぐんぐん伸びる人もいるでしょう。ただ実社会でクセのある人に揉まれながら自分の理想を追求していく際に、全く非暴力と無悪意で教育されてきた人は人間的に足りない部分がないとも言い切れません。人間の一部分だけ切り取って抽出するというのは理論上のことでそういう議論も大事ですが、余り現実的ではありません。いろいろ不備のある環境で成長するしか道はないのではないでしょうか。要は精神の安定と集中には旺盛な気合を入れるやり方と静謐に努めるやり方があるわけで、指導者も含めて「両方出来る」「選択できる」バリエーションの幅があった方がよいと考えます。人の上に立つ人は自分の型とともにそれと相反する対極のタイプをある程度勉強して実践できるようにしておかないと、得意技が即弱点という落し穴を免れられません。優しい人は厳しい剛毅さを、厳しい人は柔和な論理性を常にどこかに心掛けるべきでしょう。